3.19.2011

新年

1月末の卒業制作展
2月のSPIRALでの学外展
を終えて、自分も周りもぼろぼろになって、ぼろぼろにさせての制作、展示が終わって、

私はこの1年の過ごし方を、
制作への向き合い方を、
盛大に間違えていたことを思い知りました
勘違いし、思い込み、人の話を聞かず、
…   1年分の反省は、いまでも頭をぐらぐらさせます

猛省
そして
なんとかして崩れ落ちそうな足下を、もっと丁寧に固めなければ、しっかりと
そういう気持ちです。

卒業制作展に足を運んでくれた皆さま、
本当にありがとうございました。



そして、私は台湾出身の相方と、そのお母様ともに、2月の末から台湾に11日間ほど行っていました。
反省しといて、遊んどんのかい
と自分でも思うんですが、せっかくのお誘いを無下にできず。
東南アジアの染織物も見れるし!勉強!べんきょう!
そういう感じで、言って参りました。

たのしかったです。


帰国したのは9日。

その日の夜は実家に泊まり、10日に自分のアパートに戻り、
11日、後回しにしていた生活のことを始めようとしていた矢先、

東北・関東を、あの大地震が襲いました。

経験したことの無い揺れの後の停電。
わたしの住んでいる地域は11日の23時過ぎまで停電が続きました。
ラジオや防災用具の備えもなく、携帯のtwitterからの情報が全てで、
水道も出ない、電気がつかない、帰国したばっかりで蓄えもない、
大きな余震は続く

東京の西のはじっこでさえ、こんなに不安で、恐ろしかったのに、
被害の大きい地域の方々の苦しみはどんだけだろうと。

幸いにしてわたしも家族や友人も元気です。
この地震ではじめて、強く、わたしは日本人だと、日本はわたしの国だと思いました。
福島の原子力発電所の様子は不安を煽りますが、
余震は続くしまた大きな地震が来ないとも限らないですが、
この島から出てしまえばいいとは決して思えない。
震災の翌日から、必死で日常を取り戻そうとしているこの東京を、この国を、誇りに思います。
一生懸命、北海道から沖縄までこの日本全部が、いつもどおりの日をいつの間にか取り戻せているよう、大人のひとりとして役割を果たしていきたいと思っています。


いまの東京は、多くの人が言っているように、そんなに逼迫してはいないよね。
相原のまちはいつもどおり、のどかです。
卒業式もろもろが無くなったのは残念ですが、
先生方からのお気持ちは届いていますし、
みんなと4年間造形で過ごせたことを大事に思ってる気持ちは共有できてるの知ってるよー

そして世界中が日本を応援してくれているから、すごく心強いです。
だからここにいられる
ありがとう


いまもなお
苦しんでいるたくさんの方々に、看護も救助も介護も出来ない自分なんなんだ、アートってデザインってなんなんだ
とか
でも
この国のひとだ がんばろう



どうやら、海外に行ってた人は帰国後4週間は献血出来ないそうなので、
もう少し待ってから、初献血に臨みたい

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